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新型コロナウイルス・インフルエンザ、地震災害や風水害など不測の事態に備える「BCP(事業継続計画)」
BCPとは「Business Continuity Plan/Planning」の頭文字で、日本語では「事業継続計画」と言われています。
あらゆる不測の事態が発生した際、企業の主要業務が中断されないよう措置を講じ、さらに早急に業務を通常通り復旧できるよう、あらかじめ計画しておく対策を意味します。世界を震撼させている新型コロナウイルスをはじめ、全米で猛威を振るったインフルエンザ、地震や風水害といった自然災害、テロなどが発生したときのことを想定してします。
経済産業省では2006年に「中小企業BCP策定運用指針」を公表し、企業への導入をはたらきかけていますが、導入企業は少数にとどまっています。
しかし、社会が緊急事態に陥った際、最もダメージを受けるのは国内全企業の99.7%を占める中小企業です。日本経済を支える中小企業だからこそ、1日でも早くBCPを導入し、危機に対応できる企業戦略を構築する必要があります。
東日本大震災発生時、被災地域の企業の99%が中小企業だった
政府が公表した「中小企業白書(2011年版)」には、2011年3月11日に発生した東日本大震災における、被災地の中小企業へのダメージが詳細に記載されています。具体的なデータを参照し、BCP(事業継続計画)の重要性について考えてみましょう。
当時、被災地域にあった大企業・中小企業の企業数は以下の通りです。
- 津波被災地域:38,005社
- 地震被災地域:779,261社
- 原子力発電所事故の避難区域等:5,341社
- 東京電力管内:1,360,159社
これらの99%以上が中小企業であり、中でも「原子力発電所事故の避難区域等」においては100%を占めていました。
また、青森県、岩手県、宮城県、福島県の工業・商業・観光業など経済的な被害額合計も甚大な金額にのぼります。
- 青森県:378億円
- 岩手県:1,661億円
- 宮城県:7,300億円
- 福島県:3,597億円
これらの金額を合計すると、1兆2,936億円。この被害額は2020年現在でも、被災地の経済に大きく影響していると言われています。
何らかの影響を受けた企業が7割弱。想定外の対策不備も発生
では、被災地の中小企業のうち、事業へのダメージを受けた企業の割合はどれほどだったのでしょうか?
株式会社NTTデータ経営研究所が、2011年6月に実施した「東日本大震災を受けた企業の事業継続に係る意識調査」によると、7割弱の企業が「何らかの影響を受けている」と回答しています。
具体的な影響の内容は次のようなものです。
- 「売上等の営業状況が悪化している」が6割弱と最も多い
- 「(原材料・資材等)調達が滞っている」が4割と次ぐ
また、企業として想定外であった事項については、主に以下のようなものが挙げられました。
- 「電力施設の機能低下による計画停電」(43.7%)
- 「交通インフラ機能低下による 帰宅・出勤困難の発生」(33.8%)
- 「過度な自粛ムードによる消費・購買力の停滞」(31.9%)
さらに、震災後に企業が認識した課題に関しては、次の回答がそれぞれ3割を超えました。
- 「出勤・帰宅困難時の対策強化」(36.1%)
- 「従業員・職員等の安否確認方法・手順の見直し」(35.7%)
多くの企業が危機管理の必要性を感じる事態に直面したことが分かります。
BCP(事業継続計画)を策定していた企業は約25%。従業員、取引先対応に対策不備
2006年から国が推し進めてきたBCP(事業継続計画)導入ですが、前項のNTTデータ経営研究所が実施した調査対象の企業のうち、2011年3月11日の時点で策定していた企業は約25%でした。策定していた企業の内訳としては、上場企業では45.1%が策定済み、非上場企業では20%以下と、従業員数が多い企業ほどBCP(事業継続計画)策定済みの比率が上がる傾向にあります。
職種によっても大幅な差が見られ、金融・保険業は取り組みが進んでいましたが、教育・医療・研究機関、商業・流通・飲食では取り組みに遅れが見られていました。
BCP(事業継続計画)を策定済みの企業においても、「震災時にうまく機能しなかった」というケースがあり、最も多かったのが「従業員・職員への退社・出勤等の判断指針」で34.7%に達しました。
また、BCP(事業継続計画)の対象を取引先まで含めて策定していた企業は1割未満と少ない実態でした。
そのため同調査が行われた時点で、すでに全企業の19.7%が「BCPを見直し中(もしくは震災を受け、BCP策定中)」、42.2%が「BCP見直し(策定)を検討中」と回答しました。これらを合計すると、6割を超える企業がBCPへの取り組みに対して前向きな意向を表明し、物流業では特に意欲的な傾向が見られました。
BCP(事業継続計画)策定・マニュアル作成のポイント
東日本大震災を例にBCP(事業継続計画)の重要性を理解していただいたところで、実際に企業で導入する際のポイントについて見てみましょう。
中小企業庁が公表している「中小企業BCP策定運用指針(第2版)」がインターネットで見られるようになっていますので、BCP(事業継続計画)策定にあたって、運用指針と照らし合わせて自社の状況をチェックすることをおすすめします。
◆参考サイト
中小企業庁|中小企業BCP策定運用指針~緊急事態を生き抜くために~
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/
BCP(事業継続計画)策定によって対応するあらゆる緊急事態の種類
最初に「不測の災害」「緊急事態」とは何かを知っておく必要があります。BCP(事業継続計画)で考えるべき事態には、次のようなものが想定されます。
- 感染症、インフルエンザなどの蔓延
- 首都直下型地震(今後30年に70%の確率でマグニチュード7クラスが発生と予測)
- 南海トラフ地震(今後30年以内に70~80%の確率でマグニチュード8から9クラスが発生と予測)
- 大規模火災、洪水、森林火災、竜巻など
- 断水、停電、ガス停止などインフラの凍結
- サイバーテロ、無差別殺人、戦争
- インターネットの大規模サーバーダウン
- 経営者の不慮の事故
- 不測の災害以外に、交通・輸送へ影響を与えるような特定期間の大規模イベント開催
緊急時に、経営資源と従業員の生命を守るための5つのポイント
BCP(事業継続計画)を策定する上で、経営資源と従業員の生命を守るための重要な5つのポイントがあります。
- 自社の中核事業の特定しておく
緊急時には、人材、設備、資金が限定された条件となります。自社が最も優先して継続するべき中心事業を事前に特定しておくことで、限られたリソースを集中的に活用して事業存続を図ることができます。 - 復旧の目標時間を設定する
中核事業を復旧する目標時間を設定しておきます。目標と実際の被害状況とをすりあわせて調整して復旧スケジュールを立てることで、適切な行動をとることができます。 - 取引先と事前協議する
主要な取引先と協議を行って、自社の中核事業の復旧計画についての共通認識を事前に共有しておきます。これにより、緊急時、相互の連絡や生産体制・納期の調整などについて効果的な対策をとることが可能になります。 - 代替策を用意・検討しておく
緊急時、使用できなくなる恐れがある設備、仕入れ・調達、集荷・納品輸送、事業所などをリストアップし、代替策を用意しておきます。パソコンやデジタルデータの保管・バックアップ体制を普段から整えておくことも重要です。 - 従業員との共通認識の形成
緊急時における経営者・会社がどのような行動をするのか、その指針を従業員に周知し、全社あげての共通認識を形成しておくことが大切です。
図:BCPが事業の復旧時間を短縮
出典元:中小企業庁|中小企業BCPガイドhttps://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/download/bcp_guide.pdf
BCP(事業継続計画)策定の手順と盛り込む内容
BCP(事業継続計画)を実際に策定する際には、どのような手順で、どのような内容を盛り込めば良いのでしょうか?
まずは企業としての方針を定めることからスタートしますが、自社の状況把握、具体的対応を検討し、最終的には可視化できる形で文書にとりまとめることになります。
一連の策定手順は以下のようになりますが、ポイントとなる事項について次項から少し詳しく見ていきましょう。
- 基本方針の立案
- 重要商品の検討
- 被害状況の確認
- 事前対策の実施
- 緊急時の体制の整備
1.基本方針の立案
なぜBCP(事業継続計画)を策定するのか、その目的は企業によってそれぞれ異なります。まずは自社の経営理念と照らし合わせて基本方針を定めてください。
中小企業庁の「中小企業BCP策定運用指針(第2版)」では、以下のような基本方針例が記載されています。
・人命(従業員・顧客)の安全を守る
・自社の経営を維持する
・供給責任を果たし、顧客からの信用を守る
・従業員の雇用を守る
・地域経済の活力を守る
上記に加えて、自社の業種にとって重要な項目も追加します。
【業種ごとの追加例】
・(医薬品の製造業であるため)社会からの需要に応える
・(物流にかかわる業種であるため)輸送ルートに必要な交通情報の早急な把握をする
2.重要商品の検討
緊急事態が発生すると、人員や資材、資金などあらゆるものに制限が発生します。その中で会社を存続させるために最優先するべき「重要商品」を1つ選んでおくことが肝心です。
企業によっては多様な商品やサービスがありますが、その中で顧客への提供が停止した場合、最も会社に影響が大きいものは何かを分析してみましょう。明確な優先順位をもうけることで、限られた経営資源を1点に集中し、損害や復旧までの時間を最小限に食い止めることができます。
あらかじめ優先する事柄を、従業員との間でも協議、認識共有しておくことで、緊急時でもできるだけ円滑に業務を進められるというメリットもあります。
3.被害状況の確認
緊急事態の種類や被害の状況によって対応が異なるため、BCP(事業継続計画)においては明確なイメージを念頭に置くことが大切です。
ここでは大規模地震(震度5弱以上)で想定される企業へのダメージを見てみましょう。
【都市機能への影響】
・ライフライン:電気、水道、ガスの停止
・情報通信 :電話、FAX、インターネット回線の不通
・道路 :交通規制、規制による渋滞の発生
・鉄道 :運行の停止、遅延、ダイヤ変更
【インフラへの影響】
・人 :従業員の負傷、出社不能
・情報:パソコンやサーバーなどの情報機器の破損、書類・データの復旧不可
・物資:工場、店舗、設備、商品や備品の破損、仕入先の被災による生産停止
・資金:事業停止による売上の消滅・減少、復旧のための経費が発生
4.事前対策の実施
緊急時のダメージが想定できたら、その中でいかに重要商品を継続して提供していくか、自社の優位性や弱点をしっかり踏まえ、人・物資・情報・資金といった経営資源に対する事前対策を考えましょう。
- 人:従業員の安否確認ルールの徹底、代替要員の確保
- 物資:設備の固定・点検、代替方法の確保
- 情報:重要データの保管、情報収集・発信手段の確保
- 資金:緊急時対策費用の把握、現金・預金の準備
【想定外に備える代替案の準備】
被害状況によっては、策定した計画が実行できない想定外のケースも発生します。それを見越して代替案を用意しておくことが重要です。代替オフィスや代替生産のための設備・工場、代替調達のための仕入先、情報管理のクラウド化など、平常時にしっかり準備をしておきましょう。
5.緊急時の体制の整備
緊急時の対応は、初動、復旧を含めて、全社の意思決定や指令を行う統括責任者が必要になります。
事前に誰が責任者になるのかを協議決定しておきましょう。さらに、責任者が不在の場合や被災した場合を想定して、代理責任者(2名)を選定しておくことも重要です。
また、責任者が緊急時に対応すべき内容をリストアップし、顧客、自社担当部門、取引先など連携が必要な対応先を記した行動チェックリストを作成しておけば、対応もれが生じにくくなります。
BCP(事業継続計画)策定に役立つ無料ツールとチェックリスト
BCP(事業継続計画)を策定するにあたり、役立つ情報が掲載されているWebサイトをご紹介します。
◆中小企業庁|中小企業BCP策定運用指針
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/index.html
【中小企業庁のWebサイトでできること】
- BCP取組状況チェック(現状の診断)
人的資源、物的資源、体制など5項目の質問で、現時点での事業継続能力を診断してくれます。 - BCP策定(コース別の策定手順解説)
①入門コース:BCP策定・運用の最低限必要な解説と様式記入でBCPが策定できます。作業時間は経営者1人で1~2時間が目安です。
②基本コース:BCPの策定・運用を始めようとする経営者向けのコースです。作業時間は経営者1人で1~2日が目安です。
③中級コース:BCP理論を学んだ上で、自社のBCPを策定したい経営者向けのコースです。作業時間は経営者1人で延べ3~5日程度、または経営者とサブリーダーを含め数人で2~3日程度が目安です。
④上級コース:BCPを策定済みの企業が、他企業と連携して取り組むなど、より深い分析を行うステップアップのコースです。作業時間は経営者とサブリーダーを含め数人で延べ1週間程度です。 - BCP(事業継続計画)のマニュアルひな型、様式書類をデータでダウンロード可能
– BCP策定運用指針
– BCP様式類(入門 ・基本・中級・上級コース)
– アウトプットイメージ
– 財務診断モデル(基本・中級コース)
など
BCP(事業継続計画)策定による経営課題解決の事例
BCP(事業継続計画)の策定・運用は、緊急時の危機管理対策のみならず、経営課題解決の突破口となる可能性があるというメリットがあります。
事業の全体像を見渡すという意味では、BCP(事業継続計画)と経営改善は同じ軸の上にあります。近年では大手企業が下請け会社を選定するにあたり、BCP(事業継続計画)策定を済ませているかどうかを判断基準にするケースも増えています。
また、金融機関においてもBCP(事業継続計画)をはじめ、災害や緊急時に対しての危機管理を徹底している企業には、低金利で融資を行う動きがあり、平常時の経営にもプラスの要素が見込まれます。
次項からは、中小企業庁が2018年に発行した「中小企業 BCP 支援ガイドブック」より、「生産の効率化」「IT化とスペース効率化」「従業員のスキルアップ」の3事例をピックアップしてご紹介します。
生産の効率化
工場などの製造業において生産ラインの効率化は、平常時でも経営の課題のひとつです。BCP(事業継続計画)策定の際には業務の優先順位を明確化し、限られた条件下で最大の効率を図る工夫がされますので、会社全体の業務の流れを見直すことにつながります。
ある工場では、従来、多くの時間を費やしていた各工程の作業への理解と実施を、いかに生産工程を簡略化できるか追及することで、1時間の研修を受けるだけで誰でも作業を実施できるよう改善しました。
その結果、一連の生産ラインで必要な人員数が削減され、新規雇用人員の減少によるコストカットが実現されました。
BCP(事業継続計画)策定の際には代替人員の準備も要項のひとつですので、作業のできる人員が増えることは、そのまま災害時の事業継続にも役立ちます。
IT化とスペース効率化
近年、どの企業でもパソコンやデジタル管理などのIT化を積極的に導入していますが、古い資料などに関しては、膨大なアナログファイルを保管している企業も少なくありません。これらは災害発生時には持ち出すことが困難なため、BCP(事業継続計画)ではデジタル化を推奨しています。
顧客管理や資料のデジタル化は、平常時の業務においても、重複業務や作業時間のムダを無くしたり、社内の情報共有による情報資産化など、大きな業務改善メリットがあります。
ある企業では、これまで社内文書を紙媒体で管理していましたが、BCP(事業継続計画)を見込んで可能な限り電子データへ移行するよう方式を切り替えました。
その結果、データ検索が即時にできるようになり、業務効率化が実現しました。また、書類を保管するスペースが縮小されたため、オフィスを有効に使えるようになりました。
デジタル化されたデータはクラウドへ保管することで、火災や水害などでも消失しないため、企業の大切な財産を守ることができます。
従業員のスキルアップ
企業の資産は設備や在庫だけではありません。従業員一人ひとりの能力を最大限に活かせるのかも、事業効率化の大きなポイントです。
ある企業では、「緊急時に出社できない従業員の代替要員を確保する」という、BCP(事業継続計画)にとって大切な要項を目的とし、現在、就業している従業員に対して2年程度の間隔で「ジョブローテーション」(周期的に他の業務に就く)を行っています。
これにより1人がさまざまな業務に対応できる多能工化が促進され、全社レベルのスキルアップが実現しました。1人当たりの生産性が向上した結果、3年間で約2割のコストダウンにつながりました。
これは会社にとってもプラスになるだけでなく、従業員のスキルのマルチ化という意味でもメリットと言えるでしょう。
今からでも間に合う!あらゆる緊急時に備えるBCP(事業継続計画)導入
BCP(事業継続計画)対策は、限られた企業にだけ必要なものではありません。あらゆる緊急時に遭遇したとしても、計画に沿って対応を行うことで、事業を存続させ、従業員の生命を守り、社会的な責務を果たすことが可能になります。
まだ策定をしていないという企業の経営者、人事・総務部門の担当者、管理職の方は、ぜひこの機会に対策を講じる一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか?